2024年8月7日水曜日

777双寺田敏己兄復活期間40 日追慕礼拝の報告

 8月3 日(土)午後1 時半より6 月16 日に聖和されました寺田敏己兄の40 日追慕礼拝を、渋谷家庭教会礼拝堂において60 名ほどの777双、同志、友人、兄弟姉妹約60 名が猛暑の中集って下さり行われました。
当初、皆様が集まっての聖和式ができなかったため、寺田兄を慕う兄弟姉妹からの強い要望の中40 日追慕礼拝として行うこととなりました、祭壇には兄の遺影と遺骨を中央に、左右には田中会長、竹内副会長、趙誠一室長の供花をはじめ十数基が飾られ華やかな祭壇となりました。
式は、世田谷教会の須藤兄の司会の元、懐かしい映像を交えての略歴紹介がなされました。
代表祈祷は飯野貞夫天一国特別巡回師により、「明るく元気で思いやりのある寺田さん、天上への新しい旅立ちの日、霊界にあっては、日本の使命完遂のため、寺田家の皆さんの今後の更なる活躍のため、また地上への協助」を願う祈りがありました。
天聖経の「地上生活と霊界」のみ言葉訓読の後、主礼第一リージョン中村惣一郎巡回師による追悼の辞がありました。追悼の辞では、「1967 年開拓地尼崎での寺田さんとの出会い、1983 年アラスカで共に修練を受けたこと」を懐かしく思い出されながら、富田さん羽原さんの証を紹介されつつ、地上と霊界の関係を語り、「地上で多くの愛を体恤し善行をされた寺田さんは、まさに神様の願いに生きた人です。神様、真のお父様の元にあって更に活躍されることを祈りつつ寺田さんを霊界にお送りしたいと思います。」との追悼の辞がありました。
その後主礼による祝祷がなされ、贈る言葉は、5 月末、松濤本部天心苑で寺田さんと共に祈りの時を持たれた、元上司の古田元男さんがその様子を語ってくださいました。会った時の寺田さんはげっそり痩せていましたが、古田さんの熱い祈祷の後、寺田さんは「感銘しました。ありがとうございました。多くの恩恵を受けました。新しい出発をしたいと思います」と言って別れましたが、それから2 週間余りでの聖和ですから、私(古田)も驚いたけれど、それ以上に寺田さん本人が驚いているのではと思う。「寺田さん地上生活は終わったんだよ。霊界いることを自覚して霊界で頑張って」との送る言葉がありました。
続いてアメリカで、また帰国後親しくしていた富田さんからメッセージが届けられましたので、後藤が代読しました。「誰よりも健康に気を付けていた寺田さんが、あまり健康的でもない自分(富田)より先に行くとは本当に衝撃です」と述べられながら、懐かしいアメリカ時代の歩みを思い出しつつ、帰国後は個人会社を経営しつつ困っている人の為に尽くしてこられた寺田さんの食口を思いやる様子が述べられていました。
その後参席者全員による供花がなされ、聖歌賛美、黙祷ののち、次女の結美(ゆうみ)さんが家族を代表して御礼の言葉を述べられ、億万歳四唱をもって第一部を閉じました。(夫人の寺田良子さんは、施設入所中で外出が難しく、結美さんの子供さんたちは風邪をひいていてご主人が面倒を見られるため皆さん欠席となりました。ただ結美さんのご主人は、遺影・遺骨を届けるため結美さんの送り迎えを車でしてくださいました)
億万歳に当たり、親しくしていた全国聖和会星野義雄会長は、6 月22日遺体安置所で行われた世田谷の教会長による聖和式の時のまだ生きているような顔つきの寺田さんに「あなたは死んだんだよ」と手で顔をなでながら伝えたこと、それから2 週間もしない中、ある人の夢に寺田さんが現れて「俺は死んでいない」と言っていたことを証されながら、まさに復活期間40 日の今日こそ地上との未練を断って天上へ旅立つ日であることを遺影に向かって語りかけながら、寺田さんの天上への旅立ちを祝し、全員で億万歳四唱をしました。
その後全体で写真撮影をし、第二部の懇親会(茶話会)に移りました。最初に寺田夫人の霊の親(堀きくえさん)のご主人(43双堀信義さん)による乾杯をもって第二部は始まりました。堀さんはアメリカの神学校卒業後、一時アメリカで釣りの修練を受けていたそうですが体調を崩したとき寺田さんが配慮してくれた思い出を語っておられました。
第二部では、寺田さんとの懐かしい思い出が参加者の皆様から述べられました。特に1966 年大阪で一緒に歩み33期特別修練会に共に参加した方々が当時の思い出を懐かしく語ってくださいました。また寺田さんから経済的に支援を受けた食口からの証もありました。羽原さんからは、「寺田さんは、人を大切にする人で縁を持った人
が離教した場合どんな状況下でも訪ねていき、また人の話をよく聞く人であった」とのメールがありました。
第二部は、まさに寺田さんの人柄をしのぶ、貴重な一時でもありました。会は14時に散会しました。
(文責:後藤誠一)



戸石文夫さんの聖和1周年追慕礼拝の報告 

 南北米福地開発協会の前事務局長の戸石文夫さんが亡くなられて1周年となりますが、この8月4日、日曜日に世界平和統一家庭連合の浦和家庭教会で安榮燮大教会長の主礼「追慕礼拝」が行われました。

 参加者はご遺族から夫人の戸石泰子さんはじめお子さんやお孫さん、親族の方々。また南北米福地開発協会から中田欣宏理事長はじめ飯野貞夫理事、高橋昭三北日本総支部長、和田賢一事務局長他、同協会の会員、その他故人と親しくお付き合いのあった方ら50人が参列された。

 飯野氏の代表祈祷の後、礼拝の説教として主礼の安大教会長が立たれて、「戸石さんとお会いするたびに謙遜な人柄、和気あいあいとした家族関係を作り上げられたことに敬意を表します。南米パラグアイのレダでの開拓に専念されたことにも感謝申し上げます」と語られた上で、「霊界で真のお父様とお働きになっておられることでしょう。また、霊界に行かれた方々に対して、地上にいる私たちは、解怨のために尽力しましょう」と結ばれました。

 その後、中田氏がレダ開拓当時からの活躍する戸石さんの姿が映っている映像を紹介しつつ、戸石さんのレダ現地での貢献、また帰国後、事務局での献身的な働きを説明しながら、感謝と評価の言葉を参加者に伝えられました。その後立った高橋氏も、事務局で働かれる戸石さんの人格的な深さについて証しされました。こうしたエピソードが告げられるたびに温かい拍手が起こりました。

 家族代表として戸石賢吾さんが登壇、「父が逝って早くも1年が経過、今でも父の姿を思い起こします。絶えず父が見守ってくれているのだろうと思い、頑張っていきたい。今日の参列に感謝いたします」と結ばれました。

 式典の後、参加者が安大教会を中心に車座になり茶話会が開かれ、参加者はそれぞれ戸石さんとの思い話に花を咲かせる時間を持って終了しました。
(文責:和田賢一)


追伸)後日戸石婦人からは「主人の一周忌ありがとうございました。共に歩んだ皆様にきていただき😂嬉しい最高のひと時でした」との連絡を頂きました

2024年7月2日火曜日

関係者の皆様へ

 関係者の皆様へ
2024年度も早や半年が過ぎ、7月を迎えました。
まだ梅雨の季節でもあり所により豪雨に見舞われている地域もございます。くれぐれも安全第一で、又寒暖差もありますので、健康にくれぐれも注意されご自愛ください。

6月度のご支援心より感謝申し上げます。又既にパンタナール通信などで報告いたしております、第11回パク放流式支援キャンペーンへのご協力心より感謝申し上げます。
バイアネグラ市の全面協力、アスンシオン大学、当財団の共催の下、素晴らしい放流式となりました。皆様のご支援の賜物であります。なおキャンペーンは継続して7月末まで行っておりますので、よろしくお願い申し上げます。

1.6月22日、佐野先生、大元先生、水落先生の帰国報告会を行いました。
当日は40名定員の狭い会場でしたが支援者の皆様でいっぱいとなり熱気と感動にあふれたひと時となりました。


2.6月22日午後は同じ会場で、特別スタッフ会議を開催しました。
今日までの25年の土台の上に、新たな10年、25年を築き上げていく為の、「相続と発展」をテーマに次世代の代表として、藤生理事、西永先生、水田理事を中心としたプレゼンと討論が行われました。今日を築いてこられた先輩の皆様と、これからを担っていこうという意欲を持った方々が集まってくださり、本当にありがたく希望の時間を持ちえたことは感謝でした。より具体化していくことを祈願いたしております。西永先生はこの日の為にスケジュールを調整し、日本に一時帰国してくださいました。又岩本聖義君とも会ってくださいました。岩本君の意欲衰えずとのこと、うれしい便りでした。


3.今、南米パンタナールが大きな希望と飛躍の時を迎えています。
 6月29日朝一機のセスナ機が久しぶりにレダの地に降り立ちました。7月4日ジャルジンの地を訪れて下さる創設者の為に視察をしてくださいました。7月3日にはレダ関係者13名がジャルジンを訪問します。7月8日朝まで滞在予定です。この間はチャパボラのメンバーがレダを守ってくださいます。感謝と共に皆様のお祈りをお願いいたします。
レダからは50㎏のパク、ジャテイの蜜等持っていく予定です。

4.アラポラ社(食品加工工場:ソーセージ生産販売)5月28日の市の認可に続き、6月5日付けでINANの証明書も発行され、これで正式なラベルを制作し、生産販売出発となりました。人材の雇用もめどをつけました。




5.モンゴル国家メシア見川孝さんが6月16日聖和され、6月25日聖和式がおこなわれました。生前の精誠に心からの感謝と共に。新たな世界でのご活躍お祈り申し上げます。

6.佐野先生は6月29日予定を早められパラグアイに出発いたしました。102名の参加者の皆様の歓迎を受けられ、全国を巡回し、ジャルジン集会に間に合うように出発いたしました。相変わらずの強行軍ですので健康を祈ります。


7月度のご支援よろしくお願い申し上げます。

2024年7月2日   中田欣宏




2024年5月5日日曜日

中田理事長からのメッセージです

 関係者の皆様へ
4月度のご支援心より感謝申し上げます。
5月2日、岩澤春比古先生がニューヨーク経由でレダに向かって再出発いたしました。
滝川さんの奥様は5月27日、そして川久保さんの奥様は6月11日出発となります。若い青年達のレダでの家庭出発を心より祝福し、歓迎申し上げます。どうか皆様も彼らの人生の決断と出発を祝福激励し、今後とも協助してくださいますようよろしくお願い申し上げます。島田家庭に続き3家庭定着感謝です。
又102名のレダプロジェクト以降特に第4次参加者の皆様を中心に、これからのレダに責任をもっていこうとする大きなうねりが起きてきています。彼らの思いをうれしく歓迎し、全面的にサポート、具体化していきたいと考えています。皆様の応援よろしくお願いいたします。レダの青年壮年の皆様、青年局の藤生さんと同年代の皆様方と、そして20代の青年の皆様が25年に及ぶ国家メシヤの皆様の精誠の土台の上に、大きな成果と花を咲かせる”時“が来たと天の計らいを心より感謝申し上げます。

1. レダ支援特別キャンペーンの実施
「第11回パク放流式支援キャンペーン」
期間:5月、6月
実施:バイアネグラ市にて市と共催(詳細は岩澤先生が帰国後報告)
詳細及び案内用パンフレットは後日ご案内いたします。
パラグアイ川のパクの減少に歯止めをかける一助となればと念願いたします。
環境保全活動の一環として多くの方々に呼びかけくださいますようよろしくお願いいたします。
合わせ5月度のご支援よろしくお願いいたします。
なお5月2日デンマーク在の五十嵐さんが一時帰国し事務所を訪ねて下さり、今日までのデンマークでの貴重な汗の結晶をレダ支援の為に寄付してくださいました。心から感謝申し上げます。

2.5月度月例:5月18日土曜日、大山ふるさと会館にて行います。レダの映像(UONEニュースなど)を手がけて下さっていて、第4次参加者の方に担当をお願いいたしております。感動的映像とスピーチがあると思いますのでお誘いあわせ多数の皆様のご参加お待ちしております。

3.中四国総支部会議が4月27日藤原総支部長のご尽力の下、岡山にて行われました。
中四国の国家メシヤの方々のみならず多くの壮年青年の方々が集まってくださいました。岡山には中長期ボランテイアやチャパボラに参加して下さった多くの青年の皆様やその父兄の方々がいます。これからのレダを背負っていく決意を持った水田さんも参加し報告してくださいました。心より感謝申し上げます。高知の金子さんの息子さんも参加してくださいました。感謝!

  


4.金井由紀子姉聖和:昨年天に導かれパラグアイに移住され、直接間接貢献して下さった、金井由紀子姉が突然日本時間5月1日聖和されました。聖和式は日本時間5月6日パラグアイ協会にて行われます。パラグアイを心から愛し尽くしてくださった姉に心からの感謝と敬意を表すると共に、新たな世界でのご活躍をお祈り申し上げます。

     


上山先生が4月29日、奥様と散歩に出て昏倒され心配しましたが、大事には至らずほっとしておりますが、継続して元気な姿で1日も早く退院できるようお祈りよろしくお願いいたします。

5.能登半島地震で被災された林順一さん宅を藤生青年局長が被災地ボランティアメンバーと共にで訪問して、家の片付けをしてきました。9月を目指して引っ越しを予定しています。



夏のような暑い日があれば、時に肌寒い日もあります。どうかくれぐれもご自愛くださいますように。

2024年5月4日  中田欣宏










2024年4月12日金曜日

777双天寳祝福家庭・バングラデシュ国家メシヤ 天野哲也兄の聖和式の報告

2024年 4 月 12 日(天一国 12 年天暦 3 月 4 日)午前 11 時半より、昨日と同じ く 横浜の山水閣で、 遺 族、777双、国家メシア、超教派、青葉台教会のメンバー等約 80 名ほどが集まり、聖和式を行いました。
式直前の10 時半ごろ小雨が降りだしましたが、式終了時は雨も上がり 日が差してきていました。 あたかも兄の天上への旅立ちを 天の父母様が 祝福しているかのようでした 。

司会は昨日同様、青葉台の川田さんが務めてくださいました。
開式、黙祷、略歴紹介、映像上映に続き、超教派の天野さんのもとで歩んでいた1800 双の木村恵子さんが、当時を懐かしみつつ、天野兄の誠実で純粋な姿、牧師伝道・超教派活動のため苦労された結果が今のアメリカ ・アフリカ等 に実っていること等を述べながら 、兄への敬意を表し、報告祈祷を終えられました。
み言訓読は、「平和を愛する世界人として」の第 5 章「真の家庭が真の人間を完成する」のなかからなされ、聖和の辞は青葉台家庭教会の沖憲之教会長がしてくださいました。
青葉台の教会長の任を受けて青葉台に来て初めて777双の先輩家庭と話をする機会があり、天野先輩とも話をさせていただいたが、目が本当に 純粋できれいであったのを覚えています。目がきれいなのは「心がカラッポ」だからで、 「 心がカラッポという事は感謝の生活ができているからである 」 との 真の お母様のみ言が思い出されます。映像を拝見して涙を禁じえませんでした。すい臓がんが発覚してから闘病 10カ月は、人の誕生 10 月 10 日を象徴するようで、まさに義人を生み出すための 10 カ月 であった との思いがします。
また、
1 年後の 2025 年 4 月 13 日 (天一国 13 年天暦 3 月 16 日) は、天苑宮入宮の日 と して天が計画しておられます。 不思議な縁を感じます 、 との話の後、天野家の皆さんに協助し、導いて下さい、との主礼からの祝祷がありました。

続いて送辞が、お孫さんの結柚(ゆず)さんと、次男の哲行さんからありました。
幼い孫の結柚さんからは、「ジジが亡くなって寂しい、笑顔素晴らしいよ、見守ってね、ジジ大好きだよ」等の言葉と共に ジジとの思い出を懐かし ん でいました。
次男の哲行さんからは、家族を顧みることなくアメリカ、バングラディシュで頑張ってきた父に思いを馳せながらも 、高校生時代父が頑張るバングラディシュを訪れ、車を運転してくれる父の姿、また現地で生き生きとエネルギッシュに、また現地の人々と積極的に交わる姿に感動したこと、誕生日に父がくれた手紙に「 変わらぬ志あるところに道がある」との言葉に力を与えられ、家族の幸せをいつも願っている父の姿に、父への感謝と父を誇りに思っていることが述べられました。
田中家庭連合会長からの弔電と熊本の大久保大教会長からの弔電紹介ののち、照枝夫人作詞の「善き闘いを成し終えて」が全員で賛美され、そののち参席者全員による献花がなされました。

最後に照枝夫人による挨拶があり、その中で「夫の病気が判明してから、多くの方が祈ってくれていることが分かり、孤独でないことを実感した」と述べ 参席者・兄弟姉妹への感謝の言葉を述べておられました。
その後、出殿の儀式に移り、全員でお別れのお花入れと、メッセージカードを棺に納め、主礼による祈祷をもって、出棺となりました。斎場から 15 分ほどの横浜の火葬場に移動し、荼毘に臥されました。ご家族ご遺族、 777 双計 30 名ほどが火葬場へと同行しました。 


(文責:後藤誠一)

777双天寳祝福家庭・バングラデシュ国家メシヤ 天野哲也兄の帰歓式の報告

 2024 年 4 月 11 日(天一国 12 年天暦 3 月 3 日)午後 6 時より、横浜市泉区長津田の山水閣において天野兄の天 寶帰歓式が行われました。曇り空とはいえ時々日が差し込む天候の中、夫人をはじめ子供さんお孫さん、777 双の兄弟姉妹、超教派時代共に歩んだ兄弟姉妹、青葉台教会の兄弟姉妹、計 80 人ほどが集い式は行われました。 祭壇には 30 基ほどの供花と共に、果物籠が並ぶ中、中央上段には天野兄の素晴らしい笑顔の遺影が、下には棺 と、天寶家庭に下賜される揮毫が並べられていました。 

司会は、青葉台教会の川田さんが務めてくださいました。 開式、黙祷に続き、略歴紹介がなされました。 略歴紹介では、就職先も決まっていた大学 4 年生の時にみ言を聞き、神体験を通じこの道を歩むことを決意し、 就職を断って献身。キリスト教の背景があったため 21 年間超教派活動に専従し、その後米国 UTS に留学、帰国 後は京都の教会長、その後バングラディシュの国家メシアになり、貧しいバングラディシュで 20 年間国際 NGO として活躍して 2013 年に帰国。 その後は日本で国家メシヤとして活動をしていましたが、2023 年 6 月にすい臓がんが見つかり、治療に専念し ていましたが、2024 年 4 月 5 日午後 5 時 50 分夫人、子供さん達、お孫さん達に見守られながら聖和されまし た。享年 79 歳でした。
映像紹介では家族の皆さんに囲まれ笑顔一杯の天野さんが映し出されました。 聖歌賛美の後、大西邦弘氏より、天野兄の地上における活躍をたたえつつ、天上での活躍を祈る、代表報告祈祷 がなされました。 帰歓の辞は、元老牧会者会の小山田秀生会長がしてくださいました。中村信一牧師を中心に事務局長として梅本 さんと共に超教派活動に尽力したこと、世界最貧国でイスラム国という難しいバングラディシュに 20 年間滞在 し国家メシアとしてバングラディシュの為に貢献してきたことが紹介され、そのような先輩の歩みが真のお母様 の願いである 2 世、3 世への歩みとして連結されてきていること、子供さんお孫さんに、お父さんの意思を継い で歩んでほしいとの願いが述べられました。


送辞は、超教派で共に歩まれた梅本憲二氏が、今年になって天野さんの様子を心配してメールをすると、夫人か らの「お医者さんからよくなっている、と言われている」ことを聞いて安心していたこと、また聖和の前日元気 に階段を上り下りしていた天野さんが「なぜ、天に召されたのか」と祈っていると、「天野は今天で必要だから呼 んだのだ」との天の声を聴いて納得したこと、ミスター超教派と言われる天野さんと共に超教派の黄金時代を歩 めたことは、私にとって大変光栄なことであったとの言葉がありました。 
その後、飯野特別巡回師からは、韓国の 430 双の家庭との縁を持つことにより、天寶家庭の天野家と縁を持つこ とが出来本当に幸せであるとの話がありました。 次に、信仰の親であり現在佐賀在住の福井章司氏から天野兄に寄せての追悼文が司会より紹介されました。 



また同じバングラディシュの国家メシアからの弔電も紹介されました。 その後、天野照枝姉の作詞による 70 番「善き闘いを成し終えて」が賛美され、その後兄の遺影が飾られた祭壇 に全員で献花を捧げ、別れを惜しむ一時をもち、主礼による祝祷へと続きました。祝祷では兄の天上への旅立ち を祝するとともに天上での活躍を祈られました。その後全員で黙祷をささげました。 最後は照枝夫人による挨拶がありました。 超教派活動 21 年、バングラディシュ 20 年と別れての生活が長かったが、昨年 6 月の病気発覚後、夫の病気回復 を願って色々なことをしてきたが、夫婦の固い絆を結ぶために毎日手をつないで祈り、心から愛し合えること、 生かされていることに感謝できた 10 カ月であった、との話に参席者は一同に感動していました。 その後参加者全員で記念撮影をし、拝顔と祈禱をもって恵み多い帰歓式はお開きとなりました。



(文章:後藤誠一 写真:石川仁)

2024年3月22日金曜日

レダ開拓25周年新春特別集会報告

【概要】
2024年3月2日土曜日、東京都渋谷区松濤の会場において、「レダ開拓25周年新春特別集会」を開催した。主賓として田中富広氏(神日本FFWPU会長)を、また来賓として本山勝道氏を迎え、主として首都圏に在住する約200名が参加した。主な参加者は、JNM、南北米福地開発協会の一般会員と協力者皆様方、レダ開拓プロジェクトに参加した青年とその父母の皆様、チャパボラ(レダ中長期ボランティア)青年とその父母の皆様であった。

【趣旨と目標】
1999年8月1日、提唱者、天地人真の父母様から与えられた「パンタナール開発のみ言」に基づいてスタートした、いわゆる「レダ摂理」を託された私たちの責任を、これまで定期的に再確認し、決意を更新してきた。

特に今回の特別集会を計画するにあたって目指したことは、(1)レダ開拓推進実務スタッフと会員、支援者、関連グループ等から成るコミュニティーをいっそう拡大・充実させる。(2)次世代の担い手を立てながら現世代との融合を進め、これからの10年、25年を見据えた新たな出発の時とする。 (3)経済的自立に向けて、レダ現地の状況、インフラと諸設備の現状等に関する認識を共有し、共感を高める。(4)提唱者が進める新しい摂理に対応するため、私たちの意識と体制をアップデートすること、などである。参加者人数は、200名を目標とした。

【準備】
中田欣宏代表理事、後藤誠一副代表理事(=実行委員長)、藤生輝彦青年局長、小田文雄事務局長代行らを中心として、10数名の実行委員たちが準備会を重ね、行事の詳細なスケジュールを練り、事前準備・実行・事後フォローなどの全体的な計画を協議した。

また、例年と同様に、JNMが力を合わせて、レダ摂理のために願わしい個人や家庭に対し、今回の行事の説明と参加を呼び掛けた。真の父母様に捧げるお花、表彰や感謝状について、参加者のお弁当、実行に必要な物品の手配、受付用名簿の作成、実行スタッフへの連絡、参加者に渡す資料の準備等は当然のこととして、特に今回は、会場入口での警備、感染予防対策の徹底等にも力を入れた。

【会場の様子】
新春特別集会そのものは、参加者たちからの感想を聞く限り、大変好評だった。すべてのプログラムには神聖な背景があり、精誠が込められていた。

特別映像紹介の後、この1年に聖和された12名の国家メシヤの皆様のご冥福をお祈りいたしました。

昨年度に引き続き、今年度も初期から今日に至るまで、レダ摂理に全てを投入してくださった方々の特別功労賞及び感謝状の進呈が行われました。1999年の開拓当初から24年間レダに投入され精誠の限りを尽くし来られた上山貞和先生、16年にわたって精誠の限りを尽くし、多くの青年の皆様に感銘と感動を与えられた大山哲夫先生に特別功労賞、10年余にわたって魚の加工製品開発で現地大統領はじめ日系社会に大きなインパクトを与え貢献してくださった小橋惠造先生、レダに残りの人生全てを捧げんと7年余投入してくださった豊村泰洋先生お二人に特別感謝状、又昨年の特別キャンペーンに大きな功績のあった、山下琴會氏に感謝状が手渡され大きな拍手と共に感謝のひと時を持ちました。又其のあと特に印象的だったのは、午前の部の「2024年レダプロジェクトの展望」(藤生)と「記念メッセージ」(田中会長)、午後の部では「来賓メッセージ」(本山氏)と「青年局の活動報告、帰国報告」(藤生)を挙げられると思う。

 「2024年レダプロジェクトの展望」では、すでにレダに移住した島田家庭、今年5月末には、レダで家庭を出発する滝川夫妻、川久保夫妻が、いずれも生き生きとした写真で紹介され、拍手を浴びた。また第3次レダ開拓プロジェクト参加者のうち2名の青年の報告が、文字と音声とで紹介され、感動を呼んだ。又現状と今後について簡潔にPPで説明され感銘を与えました。

「記念メッセージ」では、真のお母様が最近語られた内容を、主賓の率直な表現、および簡潔に整理されたPPと明瞭な音響を伴って伝えられ、高齢者たちを含め、しばしば頷く姿が見られた。

記念撮影の後食事を済ませ、抽選会そして若き2世飯岡泰山・恭美夫婦による歌が披露されました。その後、本山勝道氏が駆けつけて下さり、来賓メッセージをくださいました。ほとんどお母様の映像でまとめられていた。古い映像も新しい映像も、すべてが新鮮で、特にお母様が2世圏の教育のためにヘリコプターを売る決断をされたことを語られる部分では、お母様と会場の聴衆とが一緒に涙をぬぐう場面が再現された。

 「青年局の活動報告、帰国報告」では、島田家、滝川さん夫妻、川久保さん夫妻から現在の事情と心境についての個別映像が映され、壇上では大瀬君の養豚プロジェクトの生々しい体験的報告がなされた。またチャパボラ1期生の船戸君が、レダから帰国したばかりのチャパボラ3期生、栗原君、面来君、木塚さんを紹介し、各人がレダで実感した世界を述べた。

この1年のハイライトともいうべき102名のレダ訪問プロジェクトの経緯と感謝、そしてこれからの若き世代への継承について、中田代表理事が挨拶され、最後に和田事務局長の「億万歳」によって全てのプログラムを終了いたしました。

【感謝】
「レダ開拓25周年新春特別集会」を開催できましたこと、衷心より感謝申し上げます。また準備と実行に携わったスタッフはじめすべての方々、とりわけ懇切なお手伝いをしてくださった施設スタッフの皆様、参加者の皆様、支援者の皆様に、改めて深くお礼を申し上げます。

今後、上記した「趣旨と目標」が具体的に実現に向かって、進展していくことを念願し且つその実現の為に、努力をますます傾注していくことを決意しております。本当にありがとうございました。

2024年3月7日
後藤誠一実行委員長、スタッフ一同