2024年4月12日金曜日

777双天寳祝福家庭・バングラデシュ国家メシヤ 天野哲也兄の帰歓式の報告

 2024 年 4 月 11 日(天一国 12 年天暦 3 月 3 日)午後 6 時より、横浜市泉区長津田の山水閣において天野兄の天 寶帰歓式が行われました。曇り空とはいえ時々日が差し込む天候の中、夫人をはじめ子供さんお孫さん、777 双の兄弟姉妹、超教派時代共に歩んだ兄弟姉妹、青葉台教会の兄弟姉妹、計 80 人ほどが集い式は行われました。 祭壇には 30 基ほどの供花と共に、果物籠が並ぶ中、中央上段には天野兄の素晴らしい笑顔の遺影が、下には棺 と、天寶家庭に下賜される揮毫が並べられていました。 

司会は、青葉台教会の川田さんが務めてくださいました。 開式、黙祷に続き、略歴紹介がなされました。 略歴紹介では、就職先も決まっていた大学 4 年生の時にみ言を聞き、神体験を通じこの道を歩むことを決意し、 就職を断って献身。キリスト教の背景があったため 21 年間超教派活動に専従し、その後米国 UTS に留学、帰国 後は京都の教会長、その後バングラディシュの国家メシアになり、貧しいバングラディシュで 20 年間国際 NGO として活躍して 2013 年に帰国。 その後は日本で国家メシヤとして活動をしていましたが、2023 年 6 月にすい臓がんが見つかり、治療に専念し ていましたが、2024 年 4 月 5 日午後 5 時 50 分夫人、子供さん達、お孫さん達に見守られながら聖和されまし た。享年 79 歳でした。
映像紹介では家族の皆さんに囲まれ笑顔一杯の天野さんが映し出されました。 聖歌賛美の後、大西邦弘氏より、天野兄の地上における活躍をたたえつつ、天上での活躍を祈る、代表報告祈祷 がなされました。 帰歓の辞は、元老牧会者会の小山田秀生会長がしてくださいました。中村信一牧師を中心に事務局長として梅本 さんと共に超教派活動に尽力したこと、世界最貧国でイスラム国という難しいバングラディシュに 20 年間滞在 し国家メシアとしてバングラディシュの為に貢献してきたことが紹介され、そのような先輩の歩みが真のお母様 の願いである 2 世、3 世への歩みとして連結されてきていること、子供さんお孫さんに、お父さんの意思を継い で歩んでほしいとの願いが述べられました。


送辞は、超教派で共に歩まれた梅本憲二氏が、今年になって天野さんの様子を心配してメールをすると、夫人か らの「お医者さんからよくなっている、と言われている」ことを聞いて安心していたこと、また聖和の前日元気 に階段を上り下りしていた天野さんが「なぜ、天に召されたのか」と祈っていると、「天野は今天で必要だから呼 んだのだ」との天の声を聴いて納得したこと、ミスター超教派と言われる天野さんと共に超教派の黄金時代を歩 めたことは、私にとって大変光栄なことであったとの言葉がありました。 
その後、飯野特別巡回師からは、韓国の 430 双の家庭との縁を持つことにより、天寶家庭の天野家と縁を持つこ とが出来本当に幸せであるとの話がありました。 次に、信仰の親であり現在佐賀在住の福井章司氏から天野兄に寄せての追悼文が司会より紹介されました。 



また同じバングラディシュの国家メシアからの弔電も紹介されました。 その後、天野照枝姉の作詞による 70 番「善き闘いを成し終えて」が賛美され、その後兄の遺影が飾られた祭壇 に全員で献花を捧げ、別れを惜しむ一時をもち、主礼による祝祷へと続きました。祝祷では兄の天上への旅立ち を祝するとともに天上での活躍を祈られました。その後全員で黙祷をささげました。 最後は照枝夫人による挨拶がありました。 超教派活動 21 年、バングラディシュ 20 年と別れての生活が長かったが、昨年 6 月の病気発覚後、夫の病気回復 を願って色々なことをしてきたが、夫婦の固い絆を結ぶために毎日手をつないで祈り、心から愛し合えること、 生かされていることに感謝できた 10 カ月であった、との話に参席者は一同に感動していました。 その後参加者全員で記念撮影をし、拝顔と祈禱をもって恵み多い帰歓式はお開きとなりました。



(文章:後藤誠一 写真:石川仁)

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