2025年12月29日月曜日

74 双天寶家庭アルメニア国家メシヤ 鈴木京市兄天寶聖和式の報告です

 12月25日午後11時52分、大動脈解離のため、聖和されました。
今年9月21日、車の運転中に意識不明になり、大動脈解離の診断を受け、その後、奇跡的に意識も回復し、リハビリに励んでおりましたが12月15日自宅に戻り、真知子夫人の介護を10日間受け、見守られながら90歳の生涯を閉じられました。
 12月28日午後7時から南愛知の佐野忠国大教会長の主礼で、60-70人の参加者で、韓国から息子さん家庭、又甥の梶栗正健家庭も駆けつけ、韓国に在住するアルメニアの食口も参加しました。鈴木京一兄の寡黙で話は余りされないけれど誠実で、常にみ旨を愛し、真の父母様を愛する人柄を感じさせる温かな帰還式でした。

司会は臼井副教会長、報告祈祷は平坂みさ子姉、証は私と梶栗正健氏が行いました。私はレダで一緒に歩んだ時の話を梶栗氏は甥として感じた鈴木氏の人柄について証しをしました。
佐野大教会長は鈴木夫妻が先輩家庭として教会の模範となり、支えてくれたことに対し感謝の気持ちを中心に温かな内容の送る言葉でした。

鈴木京一氏の経歴:
1935年10月24日に誕生。1967年31歳の時、石黒婦人から伝道され、自宅と自分で営んでいた鉄工所を手放し、献身、その後、1977年2月・74双の祝福をアメリカで受け、1996年アルメニアの国家メシアに任命され、現地を度々訪れ、1999年レダ摂理に参加、つねに天の願いに率先して応え、歩んで来ました。

鈴木京一兄の霊界での活躍を一層期待する素晴らしい希望的な帰還式でした。
最後の真知子夫人が挨拶を次のようにされたのが特に印象的でした。
『私たちは常に手をつなぎ、とても愛し合って過ごして来ました。霊界に行く時は一緒に三途の川を渡って行こうねと約束していましたが先に逝ってしまいました。逝かれる直前に先に逝って準備しておくからと声をかけてくれました。本当に、本当に、本当に素晴らしい人でした。』と。
(柴沼より)


2025年12月3日水曜日

777双バルバドス国家メシヤ 宮原徹兄 聖和式報告

 略歴)
1946 年4 月6 日、中国、満州大連にて生まれる。その後、日本に帰国、松本にて生
活、小学校の頃から勉強が好きで、成績は良く、また正義感が人一倍強く、友達がい
じめられていると何時も助けに出るほど血気盛であった。高校は深谷高校、とくに物理
が得意であった。小学校6 年の時、先生に勧められキリスト教会に通う。新潟大学の
時、原理の展示会でみ言に出会い、自ら進んで7 日修、14 日修に参加、神様の悲し
みを知り、1965 年12 月に入教、夏季開拓に3 回参加し、献身。 1970 年10 月21 日
777 双の祝福を受ける。一男、2 女の子女を授かる。千葉、神戸などの地区長、各種
の責任を全うし、一体化すれば何事もできるとの体験をした信仰生活であった。
1996 年8 月 国家メシアとなり バルバドスが任地となる。120 名の宣教師とともに活
動。2005 年12 月、御父母様を迎え、元首相をはじめ国会議員、牧師、大学教授等が
参加し大成功に行うことが出来た。
2025 年11 月29 日 多臓器不全,肝硬変にて聖和。

聖和式の報告)
昨日、12 月2 日、松本教会にて安西国富大教会長の主礼で聖和式が行われた。
司会は佐賀教育部長が担当し、初めに映像で宮原兄の幼少期から、家族との交流、
またみ旨の活動を紹介、柴沼が代表祈祷、主礼の説教、横井夫人の証しをバルバドス
の森総班長が代読、また本人の証し、その後、宮原兄の次女と小学4 年の孫が送辞
を行い、最後に宮原夫人が挨拶を行いました。
松本教会の全面的な応援により、40 名を超える食口が参席し、素晴らしい聖和式でし
た。特にバルバドスでの宣教師とともに歩んだ活動の中で真の父母様を迎えるため、
最前線にて伝道、渉外を行い、多くのVIP を集め、真のお父様が喜ばれたとの証し、
また夫人からのエピソードはとても印象に残りました。
彼は家庭で、一切、食事を作ったことはなく、食卓の準備もすることもなかったがみ旨
には熱心で、よく勉強もし、何時寝るのかもわからない生活で、子供達には一度たり手
を挙げることはなかったとのこと。また宣教地から帰った、宣教師をこよなく大切にし、
北海道から九州まで夫婦で車で訪問もし、交流をしていたとの事等の証しがありまし
た。
1 時間半ほどの聖和式の後、家族、親族とともに火葬場に私も一緒に行き、見送ること
が出来ました。(報告 柴沼邦彦) 



2025年11月30日日曜日

251129 役員会 報告

◯10月の会計報告 4分

◯助成金獲得 石井 6分

◯水産報告 滝川 7分

◯水産車両のクラファン取組の進捗 原田 3分

◯広報報告 原田 7分

◯アラポラ社の報告(吉村社長) 3分
https://youtu.be/YBJSbOO0q-w

◯財団  岩澤園長 10分 

◯2026年前期 LEDAプログラム募集動画 2分

2025年9月15日月曜日

天寶家庭、777双、スーダン国家メシヤ 森川道子姉 帰還式の報告

 9月10日に聖和されました、777双、スーダン国家メシア、世田谷家庭教会所属の森川道子姉の天寶帰歓式が、9月14日(日)午後6時から新宿家庭教会礼拝堂に、親族、43双、777双、国家メシア、世田谷家庭教会食口、姉と縁ある食口等約120人が集う中、世田谷家庭教会の山科修一氏の司会、特別巡回師柴沼邦彦氏の主礼で行われました。

開式、黙祷に続き略歴紹介がなされました。
略歴紹介では、1943年7月に満州で5人兄弟姉妹の4番目として生まれ、3歳の時父が戦地に残る中、母と共に満州から長崎に引き上げてきましたが、母が一人で5人の子供達の為に歯を食いしばって働く姿を見て、「親孝行したい」と幼心に決意し、勉強に絵画に習字そろばんにと頑張ったこと、高校卒業後は地元の銀行に勤めていましたが東京転勤になり、原理を聞くようになったこと。また1970年森川五八夫さんと777双の祝福を受け、一男二女に恵まれ、現在8人のお孫さんにも恵まれています。
1975年の世界日報創刊に夫と共に関わり、その後個団活動でビジネスで実績を上げ、1996年国家メシアになってからは、任地国スーダンのために、また1999年からはレダ摂理に多大な貢献をして来られたこと等が紹介されました。
また結核、リューマチ、癌等を併発し、内臓の摘出等により余命三ヶ月と言われながらも頑張ってこられましたが、今年2月骨折で入院、6月に退院しましたが、8月に入り体調不良で再入院するも誤嚥性肺炎等で9月10日7時58分聖和されました。享年82歳でした。
続いて、お孫さん達によって編集された懐かしい家族との思い出の写真が、美空ひばりの愛燦々をバックミュージックに、映像で紹介されました。
聖歌39番に続いて、南北米福地開発協会で、南米レダ摂理のためにともに歩んでこられました吉村敏明さんが、
「レダ摂理のために先頭に立って自ら証しを立ててこられ、精誠を尽くして歩まれる森川姉から多くの刺激を受け歩むことが出来たこと、難しい摂理の今、天が必要とされる内容が森川姉にある故、召されてゆかれたこと等と共に、森川姉の旅立ちにさみしさを感じる」との祈りがありました。
み言葉訓読は、祝福と永世の中の「永遠の生命を追求する人間」が訓読されました。
「永遠の生命の世界を追求するのが信仰生活。信仰はまた永遠の神様の愛を追求します・・・・・この地上で本当の真なる人とは、・・・神様と内外共に一体となって子女の立場で完全に真の愛を受けることの出来る人です。」
主礼の帰歓の辞では
レダ摂理を通じ森川さんと関わるようになりましたが、森川さんは、御旨に執念を持った人であり責任感の強い人でありました。レダの責任者から、トラクターが必要だと言われれば氏族圏を動員して資金を準備し、植樹活動、レダ聖地ツアーにも森川氏族圏を動員して頑張ってこられました。ご主人が聖和された時に「全身であなたの愛を感ずる」と言って聖和して行かれたが、森川姉は何事にも全力投入してこられた方だ。
信仰の子女の石川仁(まさし)さんからは、
教会を訪問した時に名古屋教会で伝道部長をしておられた森川姉に会って、原理講義を受け、進められるままに3日修、14日修に参加し、献身を進められ色々葛藤紆余曲折はあったが、最終的に献身するようになったこと、献身して悩んでいるときに長い励ましの手紙をもらって決意できたこと等とともに、森川さんは絶対信仰、絶対愛、絶対服従の方であり、新興宗教の教祖のような雰囲気を持ち合わせておられる方である。森川家からは色々支援を受けることが多かったとの証しがありました。
その後、お孫さん達3人によるおばあちゃんとの思い出が涙と共に語られました。
当初、厳しいおばあちゃんとの葛藤があったが、次第におばあちゃんの心が理解できるようになってきたこと、優しくかわいがってくれ、見守ってくれたおばあちゃんへの感謝や、なかなか信仰を受け入れられなかったが、ここに来て神様に出会うことが出来たのは、おばあちゃんが神様と出会ってくれたからで、おばあちゃんに感謝する言葉がお孫さん三人からありました。
その後、お孫さん4人により、おじいさんおばあさんを偲ぶ歌がありました。
お孫さん達で作詞した言葉が、既存の曲に合わせて歌い紹介されました。
聖歌賛美、参席者全員による献花がなされ、姉との別れを惜しむ時となりました。
主礼による祈祷は、「誰よりも天を愛し、精誠を尽し、限界を超えて歩まれた森川さん、後ろ姿を見せながら愛を与え示してこられた森川さん、天上では、聖和されるときにご主人が全身で愛を感ずるとおっしゃっておられましたが、天上でのご主人との出会いを通じ新たなる天での出発をなして下さい。更には国家的危機の時、お父様と共に韓国・日本の勝利のために天上からの協助ヨロシクお願いします」との祈りがありました。
その後全員で黙祷を捧げ、施主の森川富春さんによる、参列者への感謝の言葉を持って帰歓式を終えました。
その後、記念撮影、拝顔等が行われました。
改めて森川姉の歩みを再認識する時となり、森川家の子供さん、お孫さん達のお母さん、おばあちゃんへの感謝と信仰心に多くの刺激を受ける事の出来た帰歓式でありました。








天寶家庭、777双、スーダン国家メシヤ 森川道子姉 聖和式の報告

  9月15日(月、祭日)午前10時半より、昨日の帰歓式に続き聖和式が、新宿教会に、親族、国家メシア、777双、世田谷教会食口、希苑教会食口、霊の子女等100人あまりが集う中開催されました。


 式は、略歴紹介に続き、、昨日同様お孫さん4人により吉田山田の
歌「日々」が披露され、その後に、美空ひばりの「愛燦々」をバックミュージックに、思い出ビデオが上映されました。
 その後、聖歌39番に続いて、報告祈祷を南北米でともに歩んで来られたギニアの国家メシア高橋容子さんが、1998年ブラジルジャルジンでの40日修練会で、体調の優れない道子さんのために、ご主人の五八夫さんが、ひざまづいて道子さんに靴を履かせていた姿が印象的で今も記憶の中に残っていること、ご主人のアイデアで植樹の組織を立ち上げ緑の会の設立につなげることが出来たこと、道子さんの心の中まで理解したようなお孫さん達の歌に感動したこと等とともに、天ではご主人と共にあって神の国建設のため協助して下さい、との祈りがありました。
 続いて、真のお母様の自叙伝「平和の母」322ページから「・・・・高い山、深い谷を超えていくような苦難の連続でしたが、私達夫婦は常に一体となって、・・神様の前に孝情の道理を果たし、平和の世界を実現するための道でした」が訓読され、主礼の飯野貞夫天一国巡回師から聖和の辞がありました。
森川道子さんとの最初の出会いは、飯野家の長女出産の時、道子さんが出産に立ち会ってくれたこと、またご主人の五八夫さんとは、特別修練会が同じであったこと等を語られながら、世界日報時代に「タキオン」に注目しご主人聖和後も、国のため世界のために貢献してこられたが、そこには天と真の父母様のために貢献したいという強い思いがあり、その姿に本当に感動させられたが、我々も森川姉の意思を見倣い最善の精誠を尽くして参りましょうとの言葉がありました。
その後、お孫さん三人により送る言葉が述べられました。
体調を崩し入院したおばあちゃんのことを考えると、アルバイトに集中できなかった。アルバムを見ていると立派なおばあちゃん、多くの愛をありがとう。おじいちゃんと幸せに暮らして下さい。
多くの思い出をありがとう。おばあちゃんとの生活のすべてが宝です。おばあちゃん大好きです。天国から見守って下さい。
最初の孫としておばあちゃんに可愛がられ、感謝です。おばあちゃんのお陰で2021年に祝福を受けたが、ひ孫を見せられなかったのが残念です。等のおばあちゃんとの思い出と感謝に溢れたお孫さん達の送る言葉でした。
続いて、南北米理事長代理の後藤氏により、地球の緑を守る会理事長高津啓洋氏の追悼の言葉、レダで長年責任をもってこられたハンガリー国家メシア中田実氏からの追悼の言葉、現在レダの責任を持っているパラグアイ南北米福地開発財団代表岩澤春比古氏からの森川姉の聖和に寄せての言葉が代読されました。
共通している内容は、森川姉は絶対信仰、絶対愛、絶対服従で歩まれ、レダ摂理に誰よりも多くの貢献をされ、森川姉なくして今のレダは存在し得ないという言葉と共に、姉への感謝、これからは天上にあって天の父母様、真のお父様、義人、聖人と共にあって、地上の我々を導いて下さい、との言葉が述べられていました。
続いて、司会より神日本世界平和家庭連合の田中会長の弔電が披露されました。
その後、参席者による献花がなされ、聖歌賛美、黙祷に続いて、遺族を代表し長男で施主の富春さんが、参席者への感謝と共に、母は三者三様の子供達を信じ、広く深い愛情で育ててくれた事、多くの方々に支えられていた母、父が大好きだった母であったことを紹介し、最後に母の教えを守り前を向いて歩んでいきますとの決意が述べられました。
これを持って聖和式を終了し、出殿の儀式へと移りました。皆さんそれぞれに姉に語りかけるように、生花と姉への別れの言葉のメモを棺に入れ姉との別れを惜しんでいました。
最後に主礼による祈祷、中村777双会長による億万歳をもって出棺となり、午後1時前に尾瀬に向けて出発しました。






★森川道子姉 原殿式・三虞祭の報告(2025年9月15日)
森川道子姉の遺体は、9月15日午後1時頃、新宿教会を出発して尾瀬に向かい、尾瀬霊園において午後5時過ぎから原殿式が行われました。
尾瀬霊園の戸丸正政園長の司会のもと、大西邦弘兄による代表報告祈祷に続き、主礼の飯野貞夫特別巡回師によるみ言葉をいただきました。天のみ旨のために尽くされた聖和者森川姉の精誠と貢献を皆で称えました。
その後、埋葬の儀になって家族親族が愛情込めて和気あいあい、感謝の心を持ってご主人五八夫さんが眠る墓に埋葬しきれいな花でおおいました。
森川家のおじいちゃんおばあちゃんがともに一つのお墓に埋葬されることになりました。霊界(天国)にあって永生の生活をと祈りをこめていました。
最後に、この森川道子姉の一連の式典の勝利億万歳を叫び祝いました。 その後チャペルに移動し、聖和者森川道子姉とともに会食をいただく三虞祭(さんぐさい)を持ち、そこでも家族お孫さんを含め、おばあちゃんの霊界人生の門出を心こめて送りだしました。





2025年8月19日火曜日

777双・アイスランド国家メシア斎藤京子姉帰歓式の報告

故斎藤俊樹兄の奥様であられる斎藤京子さんは、さる8月11日午前8時43分聖和され、8月14日に入殿式(納棺)8月18日帰歓式が執り行われ、19日に聖和式の予定です。

 【入殿式】
 納棺の儀には、777双の上山アサ子さん、大滝順治さんと、1800双・南北米役員の高橋昭三さん、大西邦弘が立ち会い、化粧した姿は綺麗であたかも生命が蘇った感があり、主礼井出俊宏教会長と共に祈りをささげました。 

【 帰歓式】
 主礼井出俊宏教会長のもと約30人ほどの参列のもと執り行われました。千葉市斎場が市街地から遠隔地であるためか参列者が少なかった印象を持ちましたが、777家庭から武津弘子さん、西木智代さん、新国正光さん、大滝順治さん、上山アサ子さん、高橋昭三・容子夫妻、大西らたくさん出席されました。 上山アサ子さん、大滝順治さんが心温まる証をしていただきました。 最後に、遺族代表で恵理さんが気丈にふるまわれておられました。

(報告;大西邦弘)