2025年6月25日水曜日

1800双家庭・アラブ首長国連邦国家メシヤ及びナショナル・リーダー・大場良一兄 帰還式及び聖和式の報告です







ヨーロッパ・中東 UPF 事務局長, シリア国家メシア                                   デイビット&けいこ フレイザーハリス 様からの証し

若い宣教師だった頃の大場氏を私は知りませんが、私が聞いた証しから、1970年代に真の父母様によって設立されたIRFFがスーダンでこれほどまでに敬意をもって扱われている理由には、大場氏のスーダンの人々に対する思いやりの心にあったと言えるでしょう。彼が中東の人々にもたらしたのも、まさにこの同じ心情であり、そして他者の必要に対する感受性であったと確信しています。スーダンの人々に対する彼の機知に富んだ献身的な奉仕については、他の人達が私以上に語ることができるでしょう。私が言えることは、大場氏を通して神様が私に、兄からしか得られない愛と励ましを与えてくださったということです。

私が大場氏の支えを最も強く感じたのは、UPFの初期のワールドツアーの時でした。2005年11月17日、真のお父様は二日後に予定されていたアンマンでの講演をキャンセルしなければなりませんでした。そして、真のお父様がその日にデンマークのコペンハーゲンで講演されるという知らせを聞きました。翌日の私の日記には、「重い。とても重い」と記されています。しかし、その僅かな言葉の後にはこう記されています。「会合。聖霊。ハガル、イシマエル」。大場氏が、イシマエルの子孫がイサクの子孫のために犠牲を払うよう求められているという洞察を示された時、沈んだ雰囲気がどのように変化したかを、私は鮮明に覚えています。この新たな理解によって力づけられ、私たちは世界ツアーイベントを勝利に導くための新たな力を得ました。

7ヶ月後、真のお母様がアンマンで講演をされました。多くの準備は私が担当していましたが、大場氏は私が助けを必要としていることを理解されていました。物静かで思いやりのある兄として、彼はいつも私のそばにいて、助けてくれました。UPF事務局長である私を、大場氏は尊敬される指導者として扱ってくださいました。でも、私はいつでも信頼でき、頼れる兄がいることを常に知っていました。

大場さん、あなたは偉大な遺産を、あなたの家族に、そしてあなたが関わったすべての国々に残してくださいました。ほんの数ヶ月前、あなたはアブラハムチルドレンのプロジェクトのために集めた資金を私に託し、私はそれを必ず成功させると約束しました。私はそうします。そして、より多くの人々が平和への道を見いだす中で、あなたの精神と遺産は生き続けるでしょう。                        
ありがとうございました。


大場兄弟の帰還式に参加して 
昨日は山形で大場兄弟の帰還式に参加して来ました。彼は1975年、1800双の祝福を受けた直後から、イスラム教の国、スーダンで17年間開拓し、霊の子を作り、大統領とも会い、その基盤の上で1992年にニューヨークで行われたイスラム教徒を招いての40日原理研修会にスーダンからイスラムの指導者が30数人参加しました。参加者は元大統領夫妻を団長に将軍、スーダン最大のモスクの責任者、大学教授等のそうそうたるメンバーで、大場氏のスーダンという厳しい環境の中で歩み続けた精誠の証しでした。
その後、ソビエト連邦解放後の旧ソ連邦のイスラム国を開拓し、1996年、アラブ首長国連邦の国家メシアとしてイスラムの人々の救いの為、尽力を尽くし、日本に帰国後も中東の復帰の為、内外の援助を惜しむことがなく、イスラム教の復帰の為、歩んで来た大場兄弟でした。真のお母様から揮毫を頂き、昨日の帰還式にはヨーロッパ大陸会長、副会長、そして中東の会長から、田中会長、中田南北米理事長の花輪とともに花輪が飾られ、メッセージも届いておりました。
 中東情勢の困難な中、霊界から真のお父様とともに平和的解決の道を探り、働かれるのではないかと感じ、帰還式に参加させていただきました。 
帰還式は2世の鈴木大教会長の主礼で、山形教会の多くの食口が参加する中で行われました。病気はすい臓がんであったそうです。

2025年6月23日 柴沼記
 





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